『よそ者』を「活かす組織」と「殺す組織」 「中途入社者」が活躍する会社の秘密
前回の特集(なぜ人は辞めるのか?退職を科学する)では、「早期離職」を防ぐ方法を取り上げました。そこでは、離職の予兆であるG(ギャップ)、R(リレーション)、C(キャパシティ)を早期に発見し、現場で適切なフォローをすることの重要性が伝えられています。
今回は少し視点を上げ、『よそ者=中途入社者』を活かす組織になるにはどうすればいいのか、を特集します。
『よそ者』を活かす組織。『よそ者』を殺す組織。
その違いはどこにあるのでしょうか?
採用難の今、中途入社者を定着させ、活躍させることは重大な経営課題です。
環境変化が著しい今、組織変革やイノベーションは競争優位に欠かせません。
日本経済新聞社によると、主要企業の2019年度の中途採用計画数は18年度比12.7%増で、10年連続増加。中途採用が採用全体に占める割合はほぼ3割に達し、この10年で約3倍になったと伝えられています。(日本経済新聞 4月21日朝刊)そもそも新卒採用の割合が低い外資系・中堅・中小・ベンチャー企業では、この割合はもっと高いでしょう。
『よそ者』を活かす組織になる。
これまで以上に求められるのではないでしょうか。
「組織行動論」を専門とし、「中途入社者の組織適応研究」の先駆者である甲南大学 尾形教授に、『よそ者(中途入社者)』を「活かす組織」と「殺す組織」の違いについて詳しくお話を聞かせていただきました。
「中途ジレンマ」という罠
―まず「よそ者」である中途入社者の特徴について教えてください。
尾形氏『中途入社者は、入社当初「非常に窮屈な状態」に置かれます。人事、経営者、そして中途入社者を迎え入れる職場の方々には、ぜひこのことを理解していただきたいと思っています。
中途入社者が活躍するためには、クリアしなければならないことが、実は沢山あります。私が行なった研究では中途入社者の組織適応課題として以下の6つの課題が抽出されています。
新しい組織に入って、成果を出す。これは思っている以上に難しいのです。』
―ありがとうございます。解決すべき課題は多いですね。それぞれについて簡単に教えていただけますでしょうか?
尾形氏『はい。まず、「スキルや知識の習得」について。例え同じ職種に転職をしたとしても、扱う商品や業界が異なれば仕事のやり方やプロセスは大きく変わります。中途入社者は、その会社固有のスキルや知識を新たに習得しなければなりません。
「暗黙のルールの理解」。仕事上で体感するものや言葉にできない慣習などが仕事の遂行に重要な役割を果たすことが多いのですが、それらは習得が難しく、時間がかかります。新卒入社者に比べ、これらをじっくりと身に付ける時間的猶予はありません。中途入社者の大きな課題となります。
「アンラーニング」。学習棄却と訳され、いったん学習したことを意識的に忘れ、学びなおすことを言います。中途入社者は前職で成功体験を多かれ少なかれ持っていることが多いです。そのような経験から得られた持論を容易に捨て去ることは難しく、過去に固執しがちです。これは新しい環境への適応を大きく阻害します。
「中途意識の排除」。これはアンラーニングとは別で、「学習したこと」と言うよりも「中途入社なんだから」というような思い込みや遠慮意識といったような中途採用者固有の「意識」を排除することです。このような意識は既存社員とのコミュニケーションや仲間意識を阻害してしまう可能性があります。
「信頼関係の構築」について。仕事を円滑に行うには、社内の既存社員との信頼関係を構築することは重要であり、そのためには長い時間がかかります。中途入社者にはその時間的余裕がありません。ここも中途入社者の難しい部分です。
最後は「社内における人的ネットワークの構築」です。仕事は協同作業を通じて遂行され、達成されるものです。多様な情報や協力を得るための人的ネットワークは不可欠です。その人脈を構築するには多くの時間がかかります。ほとんどの中途入社者の方がこの人的ネットワークの乏しさを組織に馴染むことの難しさとして挙げていました。』
―その中でも、特に解決が難しい課題は何でしょうか?
尾形氏『「信頼関係の構築」と「社内における人的ネットワークの構築」の二つです。私は二つを合わせて「中途ジレンマ」と呼んでいますが、これらの課題は自分だけではどうしようもないからです。
中途入社者は早期に「成果」を出したいと考えています。周りからもそのプレッシャーを感じています。成果を上げるにはどうすればいいか。前述したとおり、既存社員との信頼関係や人的ネットワークが鍵を握ります。しかし、それらを構築するためには「成果」が前提となります。ここに「因果関係のねじれ」が生じています。まさにジレンマです。
成果を出すためにも、ゆっくりと時間をかけて信頼関係と人的ネットワークを築きたい。しかし、その時間的余裕がない。この極めて窮屈な状態が中途入社者のパフォーマンスにネガティブな影響を与えているのです。』
「中途入社者」を殺す「中途入社=即戦力」という勘違い
―ありがとうございます。中途入社者が持つ課題についてよく理解できました。特に中途ジレンマは「よそ者」の状況を的確に捉えていますね。そのような「よそ者」をうまく活かせる組織とそうでない組織があると思います。それぞれの特徴について教えてください。
尾形氏『では、まず「中途入社者(よそ者)」を活かせない組織についてお話します。一番の問題点は中途入社者の捉え方にあります。「中途入社=即戦力」と考えてしまっているのです。中途入社者が活躍しない組織は例外なくこういった傾向がありました。
中途なので、新卒入社者より給与が高い。一度社会に出ている分、基本的なビジネスマナーは身に付けている。前職での経験がうちでも活かせるだろう。早期に活躍してくれるはずだ。そうでなければ中途で採用した意味がない。このような考えになりがちなのはよく理解できます。しかし、上記で述べたように中途入社で成果を出すことは容易ではありません。
「中途入社者=新卒入社者よりは多少早めに成果を出す人」。組織側としては、このくらいの捉え方をしたほうがよいと思います。』
―「中途入社=即戦力」。そういった意識をもった組織は具体的にはどんな問題を抱えているでしょうか?
尾形氏『はい、では人事レベルと職場レベルの問題についてお話します。
まずは人事レベルについて。そういった意識を持った組織の場合、人事レベルでの問題点として大きいのは中途入社者に対する教育制度やサポートが乏しいことです。中途入社者はすでに社会人であり、前職での経験もあるため教育は不要と考えていることがありますが、それは大きな間違いです。会社が変われば、仕事のやり方や関わる人、自分自身の役割など多くの点で前職と異なると思います。ここを乗り越えるのには、充実したサポートが必要です。
私は新卒入社者の教育よりも難しいと考えています。なぜなら、中途入社者の場合、いったん染まった色を落とす作業が必要となるからです。新卒入社者は真っ白なので、染めるだけです。中途入社者はいったん脱色して、その後染めなければなりません。このことをアンラーン(学習棄却)といいますが、この大変さを理解することが重要です。』
―次に職場レベルの問題について教えてください。
尾形氏『職場レベルでの問題は、社員の意識です。中途入社者を「黒船」的に扱う。「お手並み拝見意識」で、あえてサポートしない。このような意識を職場のメンバーが持っていると中途入社者は壁を感じて、なかなか馴染むことはできません。当たり前の話に思うかもしれないのですが、これは本当によくあることなのです。いわゆる中途慣れをしていない組織でよくある傾向です。』
「中途入社者」を活かす『コミュニケーション風土』
―ありがとうございます。では「よそ者」を活かせる組織とはどのような組織なのでしょうか?
尾形氏『これも、当たり前に思われるかもしれないのですが、それは「コミュニケーション風土」のある組織です。コミュニケーションを活発に取り合う組織ほど、中途入社者が活躍する傾向にあります。もう少し言うと、それによって 「中途文化が醸成」されていることが重要です。上記で述べた「黒船」扱いや「お手並み拝見意識」をやめて、中途入社者とコミュニケーションを取り合う。これによって「中途文化」は育まれていきます。』
―コミュニケーション風土と中途文化ですね。言われてみれば当たり前のように感じますが、実際には簡単ではないと思います。そのような組織になるためには何をすれば良いのでしょうか?
尾形氏『まず、前提として「中途ジレンマ」を組織として理解することが大切です。その上で、三つのことを続けていくことが重要だと考えています。まず一つ目は「中途入社者研修を充実させる」ことです。前述のとおり、中途入社者は新卒入社者以上に適応が難しい存在です。給与水準も新卒より高い。にもかかわらず、非常に簡素な研修だけ、もしくはほとんどやっていないという企業が意外に多いです。
業務に必要な知識やスキルの研修はもちろん。それだけでなく、「組織に馴染むにはどんな行動をすればよいのか」を伝えてあげることも重要だと思います。また、同時にその上司に向けて「中途入社者を活かすために、どんな職場を作ればよいのか」を伝えていくことが必要でしょう。職場の風土を作るのは上司だからです。』
―その他の二つは何でしょうか?
尾形氏『二つ目は 「適応エージェントの提供」です。適応エージェントとは新しい環境への適応をサポートする重要な他者のことを言います。新入社員にはメンター制度などがありますが、中途入社者にも必要です。わからないことがあった時にすぐに聞ける存在は非常に重要です。この役目をつけてあげることが適応を促します。
基本的には、直属の上司が行うべきだと考えています。孤独になりがちな中途入社者のサポートは、近くにいる上司が適しています。忙しかったとしても、できる限りコミュニケーションを取れるようにすることが重要です。直接的な業務サポートだけでなく、メンタルサポートもすること。様々な人とコミュニケーションが取れるように職場をデザインすること。
特に重要なのが、頻繁に仕事をする他部署の上司や社員とのネットワーク作りをサポートすることです。権限を有する上司がその役割を果たすことで、中途入社者のネットワーク形成が容易になり、仕事の遂行も円滑になります。このようなことが上司には求められます。
三つ目は「コミュニケーションがとれる場の設定」です。先ほど上司の仕事だと伝えましたが、上司によるバラつきをなくすために、組織としても考えるべきことです。部署内はもちろん、他部署の社員ともコミュニケーションが取れるような場を設定することが大事です。 部署内であれば、朝礼やミーティング、他部門の人であれば、共同プロジェクトに積極的に中途入社者を参加させることなどが考えられます。』
―ありがとうございます。中途入社者が活躍できる仕組みを作る。このことは、中途入社者の活躍だけでなく、組織全体にも良い影響がありそうですね。
尾形氏『おっしゃる通りです。組織変革やイノベーションが生まれる可能性が高くなると思います。そのような仕組みができれば、既存社員は中途入社者とどのように接すればよいのかが分かり、既存社員と中途入社者の良質な相互摩擦(ポジティブ・コンフリクト)が生じるからです。とはいえ、大げさなものではありません。既存のやり方・仕組みに対する素朴な疑問を、中途入社者から投げかける程度で良いのです。それが、組織の固定観念を壊すことに繋がります。
組織変革やイノベーションにはそれを起こす「4つの種」があると言われています。
①予期せぬ結果(想定と違った結果が出ること)
②ギャップ(業績ギャップ、認識ギャップ、価値観ギャップ、プロセスギャップ)
③変化(顧客のニーズや価値観、嗜好性、産業構造、人口構造)
④素朴な疑問
①~③は社内の人間だけで気づくことができます。④は中途入社者だからこそ抱けるものです。新入社員でもいいではないかと言われそうですが、違います。新入社員の場合、比較軸のない素朴な疑問ですが、中途入社者の場合は前所属の組織との比較軸のある素朴な疑問です。そのため、答えを導くことができ、良いところを取り入れることができるのです。
中途入社者特有の視点を組織に取り入れる。適応を促すためだけでなく、疑問に思ったことを遠慮なく言ってもらうためにも「コミュニケーション風土」「中途文化」は重要です。「中途入社者(よそ者)」を活かせる組織になるために、ぜひ取り組んでいただきたいと思います。』
組織文化を創るのは経営者・人事
「よそ者」を活かせる組織と殺してしまう組織の違い。その答えは「組織文化」にありました。
「コミュニケーション風土」を土台にした「中途文化」。つまり、『よそ者』に『よそ者』と感じさせないこと。それが中途入社者を活躍させ、組織変革やイノベーションを促します。
望ましい文化の醸成は簡単ではありません。時間もかかります。しかし、必ず培っていけます。今回の特集で取り上げたような施策。前回の特集(なぜ人は辞めるのか?退職を科学する)で取り上げた「GRC分析」に基づくフォロー。このようなことをコツコツと続けていくことが大切です。
大事なのは、一貫性。様々な施策が「中途入社者の活躍」という目的に整合していることです。このことを主導的な立場で指導できるのは、経営者・人事しかいません。果たすべき役割は非常に大きいのではないでしょうか。
中途入社者の適応や活躍のキーパーソンは短期の視点で見ると間違いなく「上司」です。ただ、長期の視点で見たときには「経営者・人事」となります。冒頭でも述べたように、今後、中途入社者を活躍させなければ生き残っていけない時代になります。
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いざ様々な施策を一貫性をもって実行していこうと思うと、人事データの一元管理と見える化が必須になります。
採用時評価、本人の希望、配属後の上司との面談履歴、その後の活躍状況・・・。これらを「経営者・人事」がいつでも手元で自由に見ることが出来る状態であることが、これからの人事戦略の命運を分けるでしょう。
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